修士論文のための基礎用語集

英語教育指導事典 米山朝二2003 研究社
Doughty and Long (2003). The handbook of second language acquisition. Oxford. UK: Blackwell.

input hypthesis 入力仮説

 第2言語習得理論の一つで普遍文法が第2言語習得に適用されるとする完全接近仮説に基づいている。1970年代にKrashenによって提唱され、最近の第2言語習得理論の中で最も注目されたものの1つである。さまざまな批判を浴びたが、英語教育の理論と実践に強い影響力を及ぼしてきた。
 入力仮説は学習者の第2言語習得を包括的に扱っている点ですぐれている。習得と学習という2つの独立した過程を設定し、その間に相互交渉を認めない非交流主義がこの理論の顕著な特徴である。
 しかし、学習したことを練習practiceし、その操作に熟練し、自由に使えるようになることを英語学習者はだれでも経験している。入力仮説はこの事実と矛盾する。
 また、上位の下位仮説を各々検討すると不明の点が多く露呈する。たとえばiレベル、i+1レベルの各段階が明確に示されていないため、結局は無意味な仮説になっている。
 また理解できる入力が習得を可能にし、習得は理解できる入力に接したからだ、とする主張は循環的な定義である。
 習得と学習の定義も明確でない。
 さらに英語を聞いて理解する際に、その言語形式にまで注意を払うとは限らない。この点で入力仮説は、獲得すべき言語特徴に注意し、自分の現在の中間言語とのギャップに気づくことで言語は習得されるとする理解可能出力仮説comprehensible output hypothesisと著しい対照を成す。
 入力仮説は次の5つの下位仮説から構成されている。

1.習得−学習仮説 acquisition-learning hypothesis

言語が使われている場面に積極的に参加することによって知らず知らずに言葉を身につけていく習得acquisitionと、その言語の規則を理論的に理解して構造を理解していく意識的過程の学習learningの2つがある。それぞれの方法で習得された能力は異質であって、一方が他方に転化されることはない。習得acquisitionは子どもが母語を見につける際に用いられる。無意識的な過程を指し、学習learningは言語構造を理論的に理解する意識的な過程を意味する。

2.モニター仮説 monitor hypothesis

実際の言語運用perormanceに際して利用されるのは習得によって身についた能力である。学習された言語規則の知識は単に自分の発話を訂正するための監視役(=モニター)するだけである。モニターが機能するのは、言葉を使う人が発話の文法的な正しさに関心を向け、しかもその項目の規則を知っているときに限られる。しかし、この2つの条件を満たすことは常に可能とは言えない。

3.自然順序仮説 natural order hypothesis

言語規則の習得には自然な順序があり、それは予測できる。この順序は形式の機能の単純・複雑の要因に拠るものではないし。また教室での提示presentationの順序によるものでもない。自然な習得順序の研究はこれまで数多く行われてきた。中でも形態素順序研究morpheme order studiesはその代表的なものである。

4.入力仮説 input hypothesis

現在の自分の中間言語のレベル(i)より、少し進んだ要素を含む言語(i+1)に接すると、学習者は周囲の状況や文脈などによりその意味を理解知る。その結果、iの大開から次のi+1に進むことができる。換言すれば、自分の今のレベルより少し上の新しい項目を含む英語を十分聞いたり読んだりして、その内容を理解すれば英語の力が伸びるとする立場。

5.感情フィルター仮説 affective filter hypothesis

理解できる入力comprehensive inputに抱負に接することは習得の必要用件であって十分条件ではない。学習者が安心して、しかも意欲的に英語に接することができる状況が習得には必要である。失敗を恐れ、過度に緊張感を持って臨んだら、感情フィルターが高まり英語が理解できなくなると主張される。

Natural approach ナチュラルアプローチ

 文構造の理解よりも内容の把握が言語能力の獲得には重要だとする入力仮説input hypothesisを英語指導に適用した教授法。Terrell (1983)によって唱道され、Krashenの理論的な支援を受けて拡充された。この教授法は、次のような特徴を持つ。

  1. 理解できる入力comprehensile inputの提供を最優先させる。このために、興味深い内容のリスニングとリーディングの活動を豊富に授業に取り入れる。
  2. 絵や文脈を活用し、反復、以下絵などの聞き取りを助ける指導で、学習者の不安anxietyを取り除く。必要に応じて日本語を用いて理解を助ける。
  3. 学習者の発話utterenceの文法面の訂正は行わない。また文法指導を授業中は行わないが、学習者が教室外で自発的に行うことは是認する。教師は長い正確な反応を求めず、うなずいたり、短く応答しさえすればよく、日本語の応答も許容する。

 ナチュラル・アプローチでは理解できる入力に十分接しさえすれば、言語習得は効果的に実現すると主張する。しかし、このことは必ずしもすべての学習者に言えることではない。コミュニケーションの場面で、他者と意味のある言語交渉negotiation of meaningを取り入れた活動を補充しなければならな場面は多く存在する。このような批判派あるものの、入力を十分提供し、学習者の不安を取り除くことを重視した点は大切な視点であるとして評価されることが多い。

interaction hypothesis 相互交流仮説

 言語は周囲の人々とのさまざまなやりとりをとおして習得されるとする言語習得理論。Long (1981)。入力仮説では、理解できる入力を第2言語習得の最も重要な条件に下。相互交流仮説はこの点で入力仮説と一致するが、さらに一歩進めて、理解できる入力は相互交流を通して、より確実に提供されると主張する。学習者が自ら相互交流に積極的に参加して仲間と話すことで話し相手に自己の言語レベルを自ずと知らせることになる。この情報は相手の言語産出に影響を及ぼす。その結果、自分のレベルに合ったより適切な、理解できる入力に多く接する可能性が高まり、このことを通して習得が促進される
 相互交流仮説は言語習得に際して学習者の内部で働く複雑な心理言語的なプロセスの理解が大切なことは認めながらも、言語使用のより大きな場面に研究の視点を広げて包括的な説明を提供している。

comprehensible output hypothesis 理解可能出力仮説

 Swainをはじめとするカナダの研究者達の提唱による第2言語習得理論。Swain (1985)。イマージョン教育immersion programの評価に基づいて、理解可能な入力に豊富に接しても習得が依然として不完全な状態にとどまる学習者が多い理由を求めて提唱された。外国語で何かを発表しようとするときに、文法的な選択をし、文法形式についての自分なりの仮説を立てて発話を構成する。その結果のスポーキングが相手から理解されれば、自分の文法が正しかったことが確認でき、また否定のフィードバックnegative feedbackを得たときには、自分の仮説を修正し、再度発話にそれを利用する。このような言語表出の経験が言語習得を促すとする理論でKrashenの入力仮説と著しい対照を成す。

noticing hypothesis 気づき理論

 Schmidt (1990)によって提唱された言語習得理論。言語を習得するには、学習者は入力中の言語形態(とそれが表す意味)に意識的に注意して、それに気づくこと(noticing)がまず必要である。入力inputが摂取intakeされるには、学習者が入力の特徴と自己の通常の産出形を比較してそのギャップに気づかなければならないnoticing the gap。文法学習や練習、あるいはコミュニケーション活動のなかで特定の言語特徴に頻繁に気づく経験を重ねることで意識化が進むconsciousness raising。こうしたことが頻繁に生じると、学習者のその時点での中間言語体系interlanguageが修正され、体系の再構成restructuringが行われる。noticing hypothesisは、習得過程は無意識的であるとするKrashenの入力仮説と対比される。

negative feedback 否定的フィードバック

第2言語習得で学習者がなした対象言語からの逸脱した反応に対して、その誤りに注意を喚起するフィードバック。否定的フィードバックは学習者に対して対象言語の特定の言語構造を顕著にするのに役立ち、再構成reformulation、反復repetition、入力修正input modification、言い直しrecastなどが含まれる。否定的フィードバックは、明白なエラー訂正である明示的否定ひー度バックexplicit negative feedbackと学習者の発話に問題があることを示す暗示的フィードバックimplicit negative feedbackに分類される。

recast 言い直し

Doughty, Long, Swainが提唱。教師や母語話者が学習者の話の内容を受け入れながら、その言語形式を訂正することを指す。recastは次の4つの特徴を持つ。

  1. 誤りを含む発話の訂正 reformulation
  2. 発話の拡大 expansion
  3. 発話の中心的な意味の保持 semantic contiguity
  4. 発話の直後の位置 position

【例】
Student: This is Taro book.
Teacher: Oh. hat is Taro's book.
recastは学習者の注意を言語形式に向けさせることfocus on formで、言語習得を促進すると主張される一方で、その効果に疑問を提起する立場もある。なおrecastは元来、母語習得研究で子どもと保護者の相互交流interaction研究で用いられた概念。

negotiation of meaning 意味の交渉

Longが提唱。ことばによる相互交流interactionを円滑に行うための方策。会話の当事者の話を聞き手が理解できない、または誤解するなどの障害が生じたとき、それを取り除くために聞き手が話し手に意図を問いただす、再度説明を求める、より多くの情報を求める、反復を求めるなどの修正repairを要請する。これに対応して、話し手は自分の発話utteranceを修正して会話の目的の実現を目指す。このような過程を意味の交渉と呼ぶ。意味の交渉の中で生じる言語的な修正、反復などが原語習得を促進すると主張されることが多い。

uptake アップテイク

Vanpattenが提唱。学習者の発話に対する矯正的なフィードバックの直後になされる学習者の反応を言う。アップテイクは誤りが修正された状態のものと修正が行われない状態のものに分類される。フィードバックの種類がこの違いを生じさせると言われている。たとえば、言い直しrecastのフィードバックの直後には修正されないアップテイクの生起する率が最も高いことが報告されている。

References

  • Krashen, S.D. (1982) Principles and Practice in Second Language Acquisition. Oxford Pergamon.
  • Krashen, S., & Terrell. T. (1983). The natural approach: Language acquisition in the classroom.New York: Pergamon.
  • Long, M. H. 1981. Input, interaction and second language acquisition. In H. Winitz (Ed.), Native language and foreign language acquisition, Annual of the New York Academy of Science , 379 (pp. 259-278).
  • Swain, M. (1985) Communicative competence: some roles of comprehensible input and comprehensible output in its development. In S.M. Gass and C.G. Madden (eds.), Input in Second Language Acquisition. Rowley, MA: Newbury House.
  • Schmidt, R. (1990). The role of consciousness in second language learning. Applied Linguistics, 11, 129-158.
  • Pica, T., Young, R., & Doughty, C. (1987). The impact ofinteraction on comprehension.TESOL Quarterly, 21,737-758.
  • Gass, S. M. 2003. Input and Interaction. In C.Doughty and M. Long (Eds.), The Handbook of second languageacquisition (pp. 224-255). New York: Blackwell.
  • Ellis, R. 1997. SLA Research and Language Teaching. Oxford: Oxford University Press